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訃報が続きます

岸田今日子さん、青島幸男さんと訃報が続きます。
おふたりのご活躍は子どもの頃から印象深く残っています。

加えて、漫才コンビ「カンニング」の中島忠幸さんの訃報には驚きました。
急性リンパ球性白血病だったそうです。
闘病をされているのは知っていたのですが。
相方の竹山さんがおひとりで、それでも時折「カンニング」を意識してのパフォーマンスをされているのを見て、中島さんとの漫才を心待ちにしていらっしゃることが、伝わってきました。

「カンニング」のおふたりは小学校からの同級生とか。
竹山さんの喪失感は想像以上のものと思います。
以前、松本竜助さんが亡くなったときに、相方だった島田紳助さんが「ショックですわ。ぶっちゃけ親が死んだときより・・・」といったことを話していらっしゃったのを憶えています。
共有した時間が長い分、その喪失感、辛さは、言葉にし難いものなのだと思います。

結婚をされていた中島さんは発病の前年、2004年9月に長男が誕生したばかりだったとか。妻にとっても、結婚生活と闘病生活が一緒に始まってしまったことになるのかもしれません。復帰、活躍を願っての、懸命な闘病生活だったと思います。

配偶者の死、というのは性別を問わず、人生のストレスの第1位です。物理的、経済的に自立をし合っていた夫婦であったとしても、寄り添う気持ちを、支え合ってきたもの、共有してきた時間を失うことは、人生最大のストレスに違いないのかもしれません。中島さんは35歳という若さで、これからまだまだ誰もが活躍を願い、信じていたと思います。妻にとっても、竹山さんにとっても、身体半分をとられたような哀しみだと思います。ご冥福をお祈りいたします。長い長い時間をかけて、心癒されますように・・・。

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12月18日 朝日新聞「声」から

12月18日、朝日新聞「声」、読者からの投稿です。
45歳の主婦からのものです。



 男性が、同居している女性の子どもを虐待する事件が多発している。
     -略-
 ただ、疑問に感じてならないのは、虐待された子どもの母親のことだ。彼女たちはなぜ、我が子に暴力をふるう男を止めもせず、揚げ句、自らも虐待に加担してしまうのだろう。
 あまり母性が豊とは思えない私でも、何よりも子どもが可愛い。自分のすべてを犠牲にしても、とにかく守りたい。
 こう言ってはなんだが、夫と子どもをてんびんにかけたら、子どもの方に大きく傾くに決まっている。
 我が子の命以上の一体何を、相手の男たちに求めたのだろうか。そんな卑劣な男たちから本当の愛情や安らぎを与えられるはずがないことに、なぜ気付かなかったのだろうか。
 「女の弱さ」などという言葉を言い訳にするのは許されない。それは弱さではなく、愚かさと身勝手さに他ならないからだ。



と、いうものでした。

同居している女性の子どもに対する男性の虐待の事件の報道は、最近本当によく目につきます。

抵抗する術も、他に頼る知恵も、逃げだす方法も知らない弱い子どもたちに対して虐待(暴力)を行なう男性たちに、強い憤りをもつとともに、時には小さな命すら失われる事態に「何のために産まれてきたのだろう」と、とても哀しみを感じています。

それは、この投稿者の女性となんら変わるものではないと思っています。
ただ私は、子どもを守ることのできなかった母親を、ともに虐待をした母親を一概に責めることはできないと感じているし、それを「女の弱さ」とは感じてはいません。暴力は、女性を、母親をそのような状態にしてしまうほどのものだと、そのことに確信をもっています。子どもを虐待している場合、多くはその母親にも暴力は行なわれています。虐待(暴力)のその恐怖から身動きのとれない状態はつくられていきます。尋常では考えられない行動が起こります。暴力を受ける、虐待をする、それは、ときに自分を子どもを守るためのひとつの術でもあるかもしれません。先日の「ワーキング プアⅡ」のシングルマザーのように、真夜中子どもを部屋に残し、仕事を掛け持ちしてなんとか生活している、といったように、女性がひとりで子どもを育てていくというのは、今のこの社会の中で、並大抵のことではありません。シングルでも、未婚でも、非婚でも、事実婚でも、法律婚でも・・・安心をして、子どもを育てられない、それは、ある意味、社会からの虐待(暴力)です。誰かに、何かに頼りたくなるのも、すがりたくなるのも、決してその女性が弱いわけではありません。「どうして守らなかった」「どうして逃げなかった」。そう問われても・・・。暴力はそういうものだと思います。虐待やDVの報道を見聞きするたび、「常識では」、「普通は」といった価値観で、その中で生き伸びてきた女性を見ないようにしよう、そう考えています。 

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同窓会

・・・高校を卒業して25年、同窓会の案内が届きました。
なんでも母校のきまりごとで、卒業25年目の卒業生が総会の幹事をするのだそうで、その実行委員会が発足、活動を始めたので、是非ご協力を、ということでした。

地元を遠く離れている私は実行委員のお声がかかることもなく、「久しぶりだから、おいでよ」とのお誘いを受けるだけのいい身分・・・。

送られてきた実行委員会の会報を読むと、懐かしい名前が並び、いっきに時間が逆戻り。ひとり懐かしさに涙し・・・はしゃぎ・・・想い出にひたっていました。

当時を思えば、おおよそ想像もつかないような子(失礼!)が、大きな役をしていたり、当時そのまま、リーダーだった子が、やっぱり大きな役をしていたり。
25年の月日は人を大きく変えているのだろうと、再会を思うとわくわくします。



会報の中には写真も数多くあり、HPも立ち上げているとか、早速見てみるも・・・・全然わかりません・・・誰だか・・・。きっと卒業アルバムを開いたところで、わからないに違いないと、見比べることもせず・・・。面影も残り、「ああ!」と思い出せる人もいるのですが。正直に、とても難しいです。25年って4分の1世紀です。大変な時間です。それぞれが、それぞれの人生を生きてきての「顔」なのだと思います。私の25年は人にはどのように見えるのでしょうか?この再会は自分の25年を見つめ直す機会になることと思います。過去にうんとさかのぼることも、その時の自分に出会うことも、だから、今の自分に向き合えることも、素敵なことだと思います。

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藤原紀香 影武者? 結納

藤原紀香さんが、陣内智紀さんと実家のある神戸、生田神社で結納式をしたとのこと。
大変な報道陣に藤原さんの影武者がいて報道陣をまいたとか、実はお母さんを見間違えたとか・・・それほどの・・・と思ったのですが。

正式なかたちで結納をすることは多くはなくなったのではないかな、と思っていたのですが、簡易になったり、ホテルなどを利用したりと、かたちは少しずつ変わりながらも、意外に今でもお互いの親や家というものを意識しながら行なわれているようです。

私のまわりにも娘が結婚をするということで「もう、うちはいいって言ったんだけど、あちらが行きます、と言えば、断れない」とのことで、結納を行なって、これまた「娘をお金で」などと思いつつ「もっていく」と言われれば「断れない」とのことで、こちらからの「お返し」を用意しつつ、「仕だし」を注文し、「座布団」を借りてきた、という方がいました。

結婚式や新婚旅行は本人たちが好きなようにしてしまうので、結納だけは、という親がいたり、やはり両家の付き合いのスタートであり、トラブルや意見の対立など、なるべく避けたいような、そんな気持ちもはたらくようです。

結婚をする当人たちにとっては、「家」を強く意識する最初のものかもしれませんね。

そう、結婚はこのときからふたりだけのものでは・・・なくなっていくのかもしれません。



この藤原さんと陣内さんのことを「行列ができる法律相談」で島田紳助さんが「俺、知っててん」と自慢げに言っていました。それから「藤原紀香ってめっちゃいいこやで!」とも。その理由が「陣内から3歩下がって歩くようなこや」とか「料理がめっちゃうまいねん」とか言っていたように憶えています。・・・いいこって、ちょっと違う、と思うのですが。こ(子?娘?)じゃないとも思うし・・・。結納も結婚もまだまだ社会からは変わらないプレッシャーがかかります。

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私にも起こり得ることです。あなたにも起こり得ることです。

12月9、10日の週末はクリスマスも近づいて、ちょっと出かけた街は大変な人でした。
それぞれ通りのお店は趣向を凝らしたクリスマスのデコレーションやイルミネーションがとても綺麗で・・・。
クリスマスの雰囲気をいやおうなしに盛り上げていました。

たくさんの人が自分のものか、誰かのためか、あれこれといろいろ品物を手に取っていました。
待ち合わせのふたりや賑やかに落ち合っているグループもたくさんいました。
今ではお正月よりもずっと季節を感じる、イベントを楽しめるものかもしれません。

そんな雰囲気にちょっとふかふかとした幸せ気分だったのですが・・・

10日夜NHKで「ワーキング プアⅡ」が放送されていました。
前回の放送のあとで大変な反響があってのⅡということでした。

「ワーキング プア」働いても、貧しい・・・その厳しく、哀しく、切なくなってくる内容に、ふかふかとした気分はなくなっていきました。

さっきまでのイルミネーションの輝いていた街で、あれこれ品物を手に取っていた嬉しそうな顔顔顔・・・その同じ社会にある現実。

いくつもの仕事をかけもち、子どもを家に置いたまま真夜中まで働くシングルマザー。
親の介護を抱えて地元を離れられない独身の女性。地元で自給600円台で働き、調理師の免許をとっても時給は10円のアップのみ。ボーナスもないパート待遇。
妻が認知症を患う夫婦。老人ホーム代に6万円の年金はなくなり、夫は公園清掃の仕事で生活。
安い海外からの労働者におされ、本業が立ち行かなくなった自営業者。娘の進学のために、その労働者達の研修センターの食堂で働く母親。夕食はその研修センターのもの。
空き缶拾いで生活をする高齢の夫婦。年金の受給資格がないとか。息子ふたりがいるものの、子ども達の教育費や家のローンで親を援助はできず、またその夫婦も息子達の世話になろうとは考えていない。最近では空き缶を拾う人が増えて、思うように収入がないとか。

時折、問題とされる内容であったものの、このように一度にいろいろな世代で、それぞれの姿を見ると、身に迫ってくるものがありました。
「努力が足りない」。そんな言葉はとても投げかけられない「努力している」暮らしです。一度社会の中で何かの幅の外に出てしまうと、二度とは「普通」に暮らすことさえできなくなる社会なのだろうか、とても恐怖を感じました。でもTVに映し出されていた人たちの誰もの生活は、明日、私にも起こり得ることで、あなたにも起こりえることなのだろうと思います。私たちは、とてもきわどい、軟弱なものの上に立って生活をしているのかもしれません。「安心」「安定」な生き方って?と、考えた自分を少し嫌悪しました。でも、「安心」と「安定」な生活の中に、「生きにくさ」があったとしたならば。私はいったいどんな生き方を選ぶのでしょうか?あなたは?

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