私にも起こり得ることです。あなたにも起こり得ることです。
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essay/satomi
12月9、10日の週末はクリスマスも近づいて、ちょっと出かけた街は大変な人でした。
それぞれ通りのお店は趣向を凝らしたクリスマスのデコレーションやイルミネーションがとても綺麗で・・・。
クリスマスの雰囲気をいやおうなしに盛り上げていました。
たくさんの人が自分のものか、誰かのためか、あれこれといろいろ品物を手に取っていました。
待ち合わせのふたりや賑やかに落ち合っているグループもたくさんいました。
今ではお正月よりもずっと季節を感じる、イベントを楽しめるものかもしれません。
そんな雰囲気にちょっとふかふかとした幸せ気分だったのですが・・・
10日夜NHKで「ワーキング プアⅡ」が放送されていました。
前回の放送のあとで大変な反響があってのⅡということでした。
「ワーキング プア」働いても、貧しい・・・その厳しく、哀しく、切なくなってくる内容に、ふかふかとした気分はなくなっていきました。
さっきまでのイルミネーションの輝いていた街で、あれこれ品物を手に取っていた嬉しそうな顔顔顔・・・その同じ社会にある現実。
いくつもの仕事をかけもち、子どもを家に置いたまま真夜中まで働くシングルマザー。
親の介護を抱えて地元を離れられない独身の女性。地元で自給600円台で働き、調理師の免許をとっても時給は10円のアップのみ。ボーナスもないパート待遇。
妻が認知症を患う夫婦。老人ホーム代に6万円の年金はなくなり、夫は公園清掃の仕事で生活。
安い海外からの労働者におされ、本業が立ち行かなくなった自営業者。娘の進学のために、その労働者達の研修センターの食堂で働く母親。夕食はその研修センターのもの。
空き缶拾いで生活をする高齢の夫婦。年金の受給資格がないとか。息子ふたりがいるものの、子ども達の教育費や家のローンで親を援助はできず、またその夫婦も息子達の世話になろうとは考えていない。最近では空き缶を拾う人が増えて、思うように収入がないとか。
時折、問題とされる内容であったものの、このように一度にいろいろな世代で、それぞれの姿を見ると、身に迫ってくるものがありました。
「努力が足りない」。そんな言葉はとても投げかけられない「努力している」暮らしです。一度社会の中で何かの幅の外に出てしまうと、二度とは「普通」に暮らすことさえできなくなる社会なのだろうか、とても恐怖を感じました。でもTVに映し出されていた人たちの誰もの生活は、明日、私にも起こり得ることで、あなたにも起こりえることなのだろうと思います。私たちは、とてもきわどい、軟弱なものの上に立って生活をしているのかもしれません。「安心」「安定」な生き方って?と、考えた自分を少し嫌悪しました。でも、「安心」と「安定」な生活の中に、「生きにくさ」があったとしたならば。私はいったいどんな生き方を選ぶのでしょうか?あなたは?
それぞれ通りのお店は趣向を凝らしたクリスマスのデコレーションやイルミネーションがとても綺麗で・・・。
クリスマスの雰囲気をいやおうなしに盛り上げていました。
たくさんの人が自分のものか、誰かのためか、あれこれといろいろ品物を手に取っていました。
待ち合わせのふたりや賑やかに落ち合っているグループもたくさんいました。
今ではお正月よりもずっと季節を感じる、イベントを楽しめるものかもしれません。
そんな雰囲気にちょっとふかふかとした幸せ気分だったのですが・・・
10日夜NHKで「ワーキング プアⅡ」が放送されていました。
前回の放送のあとで大変な反響があってのⅡということでした。
「ワーキング プア」働いても、貧しい・・・その厳しく、哀しく、切なくなってくる内容に、ふかふかとした気分はなくなっていきました。
さっきまでのイルミネーションの輝いていた街で、あれこれ品物を手に取っていた嬉しそうな顔顔顔・・・その同じ社会にある現実。
いくつもの仕事をかけもち、子どもを家に置いたまま真夜中まで働くシングルマザー。
親の介護を抱えて地元を離れられない独身の女性。地元で自給600円台で働き、調理師の免許をとっても時給は10円のアップのみ。ボーナスもないパート待遇。
妻が認知症を患う夫婦。老人ホーム代に6万円の年金はなくなり、夫は公園清掃の仕事で生活。
安い海外からの労働者におされ、本業が立ち行かなくなった自営業者。娘の進学のために、その労働者達の研修センターの食堂で働く母親。夕食はその研修センターのもの。
空き缶拾いで生活をする高齢の夫婦。年金の受給資格がないとか。息子ふたりがいるものの、子ども達の教育費や家のローンで親を援助はできず、またその夫婦も息子達の世話になろうとは考えていない。最近では空き缶を拾う人が増えて、思うように収入がないとか。
時折、問題とされる内容であったものの、このように一度にいろいろな世代で、それぞれの姿を見ると、身に迫ってくるものがありました。
「努力が足りない」。そんな言葉はとても投げかけられない「努力している」暮らしです。一度社会の中で何かの幅の外に出てしまうと、二度とは「普通」に暮らすことさえできなくなる社会なのだろうか、とても恐怖を感じました。でもTVに映し出されていた人たちの誰もの生活は、明日、私にも起こり得ることで、あなたにも起こりえることなのだろうと思います。私たちは、とてもきわどい、軟弱なものの上に立って生活をしているのかもしれません。「安心」「安定」な生き方って?と、考えた自分を少し嫌悪しました。でも、「安心」と「安定」な生活の中に、「生きにくさ」があったとしたならば。私はいったいどんな生き方を選ぶのでしょうか?あなたは?